メリアと怪盗伯爵


「……ハハ。ミス・メリア、図星でしょう? 貴女は実に分かりやすい」
 いつの間にか音楽が終わり、デイ・ルイス侯爵はそっと彼女の背から手を離した。
「名残惜しいですが、音楽が終わってしまいましたね。貴女とのダンスはとても楽しかったですよ」
 デイ・ルイス侯爵は、そっとメリアの手をとると、その甲に口付けた。
「……あ、えと…」
 全ての状況を飲み込みきれていないメリアに対し、デイ・ルイスが自らにつけていた仮面をそっと外し素顔を現した。
「すみません、貴女を困らせるつもりは無かったのですが」
 そっとメリアの前で神秘的な黒い瞳を瞬かせると、真面目な表情を浮かべた。

「いつか、私が貴女の一番になれるでしょうか」 
 メリアは呆けたまま彼の素顔を見つめた。

「では、ミス・メリア。また後程」

 メリアが何か返答するよりも前に、優雅なお辞儀とともにデイ・ルイス侯爵は彼女の前から去っていった。

メリアが何か返答するよりも前に、優雅なお辞儀とともにデイ・ルイス侯爵は彼女の前から去っていった。

「ど、どういうこと……?」
 兎に角、あの日のお咎めが無かったことを考えると、まだアダム・クラーク男爵の弁護についての大嘘には気付かれていないらしい。と、メリアは取り敢えずそう判断する
ことにした。
 ……が、問題はパトリックの方だ。さっきまでの二つのグラスを持ったまま確かにあの人混みの向こうにいた筈なのに、今やその姿は見当たらない。
 けれど、その理由にメリアは大よその予測はついていた。キャサリン・デイ・ルイス嬢とどこかで話し込んでいるに違い無い、と。

 溜め息を大きくつき、メリアは近くの壁に寄りかかった。
 慣れないパーティー会場に、歩きにくいドレスに靴。周りの誰もが地位の高い上流階級の者達ばかりの中で、下級階級の出身の自分だけが妙に浮いて見えた。
 皆が他愛も無いお喋りとダンスに夢中。上辺だけの挨拶に、メリアは思わずうんざりしそうになる。
(あれだけ憧れていた世界の筈なのに、なんて窮屈なのかしら…。これなら、侍女をしていた頃の方がずっと自由で楽しかった…。仮面を外したところで、皆その下に見え
ない仮面をつけているのね……)
 そう思った途端、そこで楽しそうにお喋りしている美しい令嬢達も、綺麗な宝石で飾り立てているマダム達も、誰も彼もが可哀想に思えてくるのはなんとも不思議な事
だった。
 メリアがどれだけ羨んでも手に入れられなかった地位や家柄を、彼女達は存分に持ち合わせているというのに……。