「さあ、僕のレディー。お手を」

 差し出された真っ白い手袋の手を、メリアは戸惑い気味にとった。彼女が馬車から降り立つ前に、おとぎ話の王子のような井出達のパトリックは、当然のことながら先回りして、完璧なエスコートをしてのけたのだ。

「あ、ありがとうございます」
 
 メリアは、微笑んでいるであろう彼の顔を見返した。と言っても、彼の顔には綺麗な白を基調にした仮面に覆われていて、顔の口元以外のほとんどが伺えない状態にあった。

「心配ないよ。君はどこからどう見たって、誰にも負けない令嬢だ」
 彼女の心配を感じ取ったのか、パトリックが囁くようにそう肩越しに呟く。その言葉で少し心強くなって、メリアは小さく頷いた。

 
 パトリックの腕をとり、メリアは赤毛を揺らしながらゆっくりとデイ・ルイス侯爵の屋敷へと足を踏み出した。
 パーティーへの参加者の馬車が、続々と到着し始めている。誰も彼もが、有名な家柄の人物だったり、政界に関係する偉人だったりするのだろうが、誰一人としてそれははっきりとは見分けはつかない。なぜなら、その誰もが大小、デザインもさまざまな仮面を身につけているせいだ。見分けられると言うのは、余程目立った特徴をした人物くらいのものだろう。たとえば、扉の前で笑う紳士の復位は百を優に越えているだろう。あれはきっと美食家で有名なハットン氏に違いない。

 白く上品な仮面のところどころに、厭味のない金の細かい薔薇の葉が描かれたパトリックのそれは、彼自身が拘りに拘って特別に作らせた一品らしく、そしてメリアがつけている仮面と対になったものだった。

「やっぱり、その仮面は君によく似合うと思ったんだ」
 パトリックは、擦れ違うマダムに軽く会釈しながら、上機嫌にそう話した。

 白いパトリックの仮面に対し、メリアの仮面は薄っすらとピンクがかり、同じくオレンジの薔薇の葉が細かく描かれている。そして、僅かに右側に傾いたパトリックのそれとはちょうど左右対称の形になっていたのだ。