舞踏会まで、もうあと五日を切っている。

「では、メリアお嬢様の気が済むまで、わたしはここで待たせていただくことにします。ご休憩なさりたいときは、仰って下さいね。冷たいお飲み物でもお持ち致しますから」
 ジョセフは諦めたようにそう断言した。
 きっと、彼女にどんなことを言っても、日が暮れるまでは決して足を止めることをしないだろうと予想できたからだ。

 だが、奇跡的に彼女の足を止めることのできる、唯一の手段が突如として転がり込んできた。

「メリアお嬢様、ご実家から遣いの方が起こしです」

 中庭に、使用人の女性が一人、メリアに伝言をしにやって来たのだ。

「実家から・・・?」
 メリアは眉根を寄せ、やっとステップを踏む足を静止させた。

「はい。ジョーンズ男爵家から来たとお嬢様に伝えて欲しいと頼まれました」
 これは、考えたっておかしなことだった。
 メリアには実家など存在しない上に、”ジョーンズ男爵家”なんてものはこの世に存在しない架空の名の筈だ。
 それがどうだ、そこから遣いの者がメリアに会いにやって来ているとは、到底信じられない事実だ。それが本当だとすれば、きっと魔法にかけられたネズミか南瓜のようなものに違い無い。

(一体、誰かしら・・・。もしかして、わたしがアダム・クラーク男爵の屋敷に勝手に忍び込んだことがバレてしまったんじゃ・・・)
 メリアの額の汗が一気に冷や汗へと変貌してゆく。

「そうですか、でしたら屋敷へお通しして、少し待っていてもらって下さい。メリアお嬢様は、すぐにお召し替えを」
 ジョセフは、直にメリアを近くに準備していた椅子に腰掛けさせ、脇に待機させていた水桶と清潔な布で彼女の足の土を落とし始める。