あの日から、メリアの猛烈な特訓が開始されていた。

「メ、メリアお嬢様、あまり一度に無理をなさらぬ方がよろしいかと・・・」
 エドマンドの執事である齢六十のジョセフは、心配そうにメリアの様子を見守っている。
 この日も、エドマンドは早朝から出掛けて、屋敷を留守にしていた。
 そして、老執事ジョセフは、主からこの世間知らずな令嬢の世話を言いつけられていた為に、こうして彼女の傍から離れられないでいるのだった。

「ジョセフさん! わたしのことはお気になさらないでください! わたしは一人で平気ですから、あなたは別のお仕事を!」
 それでもステップを踏む足を止めず、メリアは半ば叫びながらそう言った。

「そ、そんな・・・! いけません、お嬢様を放っておくなど」
 ジョセフは、芝生の上に脱ぎ捨てられたメリアの靴を拾い上げ、困り果てたようにそう返す。
「大丈夫ですよ! 今はエドマンド様もいらっしゃらないですし、お帰りになる頃にわたしの傍に戻ってくだされば、それで大丈夫ですから!」
 そう言ってくるくるとステップを踏むメリアの足取りは、以前よりも随分上達してきている。足元ばかり見ていた頃とは比べ物にならない程、ステップを完全に身体に沁み込ませてきた感じだ。
 額には汗が滲み、動きやすいようにと頭の上に小さく纏められた赤毛の癖っ毛。
 素足で踊り続けるメリアは、執事ジョセフが目を見張る姿であった。

 それもその筈、彼は長年の人生で、こんなにも努力を惜しまぬ令嬢を見たことがなかったのだ。
 生まれのいい令嬢の大半は、世間体に見劣りせぬようにと、幼い頃からダンスや礼儀作法等は教え込まれてはいるが、我侭だったり自分勝手だったり、プライドが高かったり。何より下品なものや着汚い物が大嫌い。よって、メリアのようにダンスの踊れないというだけでもひどく珍しく、そして、足を泥だらけにしてまで懸命に努力を続ける姿は特に稀だった。

 メリアは、実に楽しげにステップを踏み続けていた。
 足のいたるところに擦り傷や豆ができていることを、ジョセフは知っていた。
 それというのも、そんな彼女の足にと、エドマンドが傷に効果の高いハーブのカレンデュラを、薬湯にして毎晩ジョセフに準備させていたからだ。