メリアはこの屋敷の小さな庭師が大好きだ。
少しの空き時間があれば、よくこうして彼の手伝いをして庭の雑草を引き抜いたり、花に水をやったりして時間を潰すことがほとんどだ。
9歳のダニエルは、幼い頃に言葉を失ってしまったとても心優しい少年だ。
彼がどうして言葉を失ってしまったのかは、セドリックに少しだが話に聞いていた。
幼い頃事故で両親を失ない、そのときのショックで失語症になってしまったとか…。
とにかく、そんな身よりのないダニエルを引き取ったのが、またもやパトリックだったそうだ。

「ねえ、ダニエル。そろそろ勉強の時間じゃない?」
じっとそう声をかけたメリアを見つめ、コクンと頷いたダニエルは、ジョウロを薔薇園の木陰にそっと置いた。

「あとはわたしとデイヴィスさんでやっておくから、ダニエルは行ってきてね」
デイヴィスさんとは、最近になってパトリックが新たに雇い入れた中年男性だ。
左足が不自由で、他の仕事にありつけずに路頭に迷っていたところを、例のごとくパトリックが連れ帰ってきたのだ。

ダニエルはペコとメリアに礼のお辞儀をすると、屋敷に向かって駆け出した。 彼の先生は誰でもない、この屋敷の執事セドリックだ。
 セドリックは忙しい身でありながらも、パトリックの要望に応えて、ダニエルに文字の読み書きなど教えているのだ。
 この小さな少年は、とにかく学ぶことが楽しみで仕方が無いようだった。

メリアは、そんな少年の微笑ましい後ろ姿を見つめ、小さく笑みを零した。
デイビスは、不自由な足を引きずりながら少し離れた場所で何かの種を花壇に蒔いている。

ふとのどかなそんな風景をぼんやりと見つめ、メリアは、アダム・クラーク男爵家の屋敷での夜の出来事を思い出していた。