「どうか叫ばないでいてくれ」
暗がりで、メリアの唇をすっぽりと手で覆い、男はまた囁くようにそう言った。
メリアはランプも落としかけたが、彼はなんとかそれも阻止し、彼女の手から唯一の光源であるそれを、しっかりと受け止めていた。

「あなた…!」
メリアが叫ばないことを確認してから、彼はゆっくりとその手を唇から離した。
メリアは慌てて背後数センチの距離の彼を振り返る。

黒い仮面は、あのときのまま…。皮肉なことに、今夜もまた暗がりで、彼の姿をはっきりと捉えることができない。
「なぜまた、あなたがこの屋敷へ…? 大怪盗さん」

メリアの問いかけに、闇の騎士(ダーク・ナイト)は仮面の下の薄い唇を緩めた。

「君こそなぜここに…? 君はこの屋敷を去った筈では…?」
メリアは驚き、仮面ごしに大怪盗を見つめた。

「なぜそれを…?!」

闇の騎士は薄く整った唇に小さく笑みを含ませ、それについては何も触れようとしない。
メリアの背から音も無くすっと離れた彼は、ファサとマントを翻えさせた。

「さて…、欲しい物も手に入れたことだ。僕はそろそろ失礼させていただく」
メリアははっとして去り際の彼を振り返った。

「待って…! あなたは一体何を盗んだの…??」
ランプの薄明かりが、艶やかな闇の騎士の髪を照らす。表情を覆い隠してしまう黒い仮面のせいで、メリアには彼の思惑が一切読み取れない。