春の突風を突っ切って、パート先から自転車を飛ばす。
自転車置き場から、4階の教室へと駆け上がると、恵美の心臓は大暴れし、呼吸が乱れた。
『ゴホッゴホッ‥』咳込みながら教室のドアを開けた。中には誰もいない。「なぁ〜んだ、慌てる事なかった‥。」そう呟くと、窓際の席に腰かけた。

高校三年の息子のクラス役員に、半ば強制的に指名され、今日はその顔合わせの日だった。

半分開いている窓から、ヒューヒューと風が入り込む。グラウンドで部活をしている生徒達の声や、金属バットの音、コーラス部の歌声、吹部の演奏など様々な音が反響している。

恵美は高校時代を想いだし、言い様のない懐かしさに浸っていた。

ガラガラ‥

『あっ、ご苦労様です。』担任の松田晃が、恵美に声をかけた。
恵美は席を立ち「木下拓海の母です。息子がお世話になっています。」と、頭を下げた。
「あぁ、拓海のお母さんですか。」机にプリントを置きながら松田が答えた。

窓から差し込む西陽が、松田の白いYシャツを茜色に染めている。眩しそうに目を細める松田の横顔に、一瞬胸がキュッと音をたてた。

(えっ!今の何?)

結婚して二十年。胸の奥底に沈んでいた“感覚”の錘が外れた音だと気づくのに、然程時間はかからなかった…。