……え?


「どこに、行ったんだ?」


思わず口からこぼれてしまった独り言に、返事がきた。


「仕事です」


ちゃぶ台でトーストにバターを塗っている優子は今日も通常運転の無表情である。


「大丈夫なのか?ここに来てから、ずっと出ずっぱりみたいだけど」


親父だって、帰ってきたら最低でも丸一日は休んでるってのに、心配じゃないのか。

平気そうにしていられるその薄情さに眉をひそめたら、優子もわずかに怪訝そうな雰囲気を醸して言った。


「三日前に、一度帰って来ました」


何だと。


「三日前、半日休みでした。夕食後に帰ってきて、次の日の昼前に仕事に行きました」


一気に額が汗がばむ。

春休みの間、俺は自室にこもりきりだったし、朝も遅かった。

同居人とあまり関わりたくなかったから。

だから気づかなかったのだ。

あの騒々しい人の存在にすら、こんな狭い家で。


「私のために母は三日に一度、帰ってきます。そしてご飯を作ってくれます」


突然、針金のちぎれるような音がして、肩がすくんだ。

台所と居間を隔てる収納カウンターの上、炊飯器の隣にあるポップアップトースターからパンが飛び出した音だった。

優子は立ち上がって焼きたてのパンを火傷しないよう慎重に皿に乗せると、バターを塗り、スクランブルエッグを盛りつけてケチャップをかけ、ちゃぶ台にあらかじめ確保されていた一人分のスペースへそれを置くと、俺に向き直った。


「どうぞ」


涼やかな目が、まっすぐ俺を見つめている。

どうして、こんなことをするんだ。


「……ごめん」


とりあえず謝ってみると、優子は目を伏せた。

感情を読み取ることはできないが、たぶんこれは芳しい反応じゃない。

どうやら俺は対応を間違ってしまったようだ。

いったい何と言ったら正解だったのだろう。