揺れない瞳


「芽依ちゃん、何も言ってなかったな…」

「慌ただしかったんです…年明けに急に振袖を借りることになって、着付けや髪も芽依さんの知り合いの美容院を紹介してもらって。…美容院というよりもサロンっていうのかな?
雑誌にも載っちゃうカリスマ美容師さんで、緊張しました」

「ふーん」

低く暗い声には機嫌の悪さがあふれていて央雅くんはそれを隠そうともしていない。
知り合ってから大して間がないとはいっても、こんなにあからさまに機嫌の悪さを出されてしまうと、単純に自分が何か気に障ることを言ったんだと気付いてしまう。

どちらかというと、いつも優しい表情と余裕のある態度で私に接してくれるから、こんなに負の感情を向ける央雅くんが新鮮に思えてしまう。

私との距離を縮めてくれようとしてくれてるのか、度々連絡を取ってくれたり会いにきてくれたりしてくれる央雅くんの真意がわからないままに流されてる私だけど、今この央雅くんの表情を見て、初めて央雅くんのリアルな感情の波を感じる事ができているような気がする。

つかみどころのない、近くて遠い央雅くんとの関係だけど。
今は人間らしい央雅くんを知れたようで、場違いな…この場にはふさわしくない、ほんの少し嬉しいなんていうおかしな感情も生まれてくる。

「芽依さんの事、好きなんですね」

「は?」

「だって…芽依さんから振袖の事を聞いてなかったから機嫌が悪くなったんでしょ?」

軽くなった緊張感。
央雅くんの人間らしい感情の波に、安心感も生まれてきた私はそれまでよりも滑らかに話す事ができるようになっている。

くすっと笑って央雅くんと一緒に写真に見入る。

芽依さん、芽依さんのお兄さん、芽依さんのお父さん、私、施設の園長である弓子先生。
五人で写っている写真は、照れて顔の赤い私を挟んでみんな幸せそうな笑顔。

弓子先生は、長く施設で生活していた私の晴れ姿に感激して号泣したばかりの顔。
写真でも、目が真っ赤なのがはっきりわかる。