「この振袖って、芽依ちゃんが着ていたものだよな」
央雅くんの声は小さくて、私に聞いているのか単なる呟きなのかわからないくらい。
「成人式の時、芽依さんが振袖を貸してくれたんです。
式の後、施設に寄った時にこの写真を撮ってもらって…。
夏基さんや芽依さんのお兄さんや…施設でお世話になった人達とお祝いもしてもらって楽しかったんです」
その日を思い出すと、自然と笑顔になる。
成人式への出席は楽しみにしていたけれど、決して安いものではない振袖を着る事は諦めていて。
父親は用意させて欲しいと何度も連絡をしてきたけれど、どうしても受け入れるなんてできないまま拒み続けていた。
私を何かと気遣ってくれている夏基さんのお父さん。弁護士である戸部先生は、父親と話をしてくれた。
私が父親と距離をおきたがっている事を繰り返し伝えてくれたうえで、成人式の時にも現れないように説得してくれたらしい。
そんな私の状況を知った夏基さんと芽依さん。
『私が着たものでよければ、是非着て欲しいんだけど』
今年の年明けすぐ、夏芽ちゃんと三人で寄ってくれた芽依さんと夏基さんは、嬉しそうな笑顔とワクワクしている気持ちを隠そうともしない声。
広げられたのは、黒地に赤い花が散っている振袖で、所々にほどこされた金色の蝶から目が離せなかった。
目の前の綺麗な振袖は、初めて間近で見る着物だったのもあってかなりの衝撃で、言葉を失うに近い放心状態。
『あ…あの…』
しばらく後にようやく出たのはそんな片言の単語。
にっこり笑った芽依さんに、それ以上何も言えなかった。

