揺れない瞳

「あーあ、圭がもっと早く結乃ちゃんと仲直りしてたらな。
それなら私があのウェディングドレスを着てバージンロードを歩けたのに」

不意に飛び出した愛子さんの言葉が、私達の間に漂って、しばらくは無言の時が流れた。

「え……何か、いけない事言っちゃった?」

黙り込んだ私達を見て慌てた愛子さんは、父さんに縋るような視線を向けた。

「あの、愛子さん、もしよければ、結婚式で、着てもらってもいいんですけど」

「え?ほんと?」

「あ、でも、とっくに衣装なんて決まってますよね。今更無理ですね。
こないだも、川原さん……あ、大学の先輩が貸して欲しいって言って……。
でも結局は川原さんが作ったドレスを着る事になったんですけど……。
あ、この話、興味ないですよね」

一人で話している自分に気づいて恥ずかしくなる。

「ねえ、あのウェディングドレス、借りてもいいの?
見た感じ、サイズは大丈夫な感じだったけど。ショーに使うなら、無理じゃない?」

愛子さんが、何かを期待するように、視線を向けた。

「ショーは断ろうと思ってるんで、大丈夫……だと思いますけど」

本当に大丈夫かな、芽実さんに断れるかな、不安げに央雅くんを見上げると、くすっと笑って肩をすくめられた。その顔は『無理だろ』って言ってるようだ。
そんな央雅くんに、少しむかついたり。初めての感情だ。

「大丈夫ですよ。一度、あのドレスを試着してみてください。
でも、父さんの会社関係の人達が大勢くる大きな結婚式でしょ?私が作ったようなウェディングドレスを着るよりも、準備しているドレスの方が絶対に見栄えがいいと思うんですけど」

「いいの。特に思い入れもなく選んだウェディングドレスだから、諦めるなんて簡単なの。それよりも、結乃ちゃんが作ってくれたドレスを着て圭のお嫁さんになりたい。ね、圭もその方が嬉しいでしょ?」

愛子さんの言葉につられて、その場にいる三人が父さんに視線を向けた。

「……は?圭?どうしたの?」

慌てる愛子さん同様、私と央雅くんも、じっと父さんから目が離せない。

そこには、いつの間にか涙を流している父さんがいた。

……どうして?