揺れない瞳

自分の気持ちを言葉にして、愛子さんに謝った事が良い事なのかわからない。
自分の重荷を勝手に下ろしただけで、愛子さんを傷つけたことにならないかと、気にならないわけではないけれど。

たどたどしいながらも素直な気持ちを言ってしまって、私はようやく愛子さんと向き合えた気がした。
父さんの奥さんとして、ちゃんと認めていると思いながらも、どこかで距離を置き、醒めた視線で見ていた自分を感じていた。

愛子さんの正直な思いと、私の隠せない気持ちを交わし合う事で、やっと向き合えた関係。

「私、父さんと愛子さんの10年間を知りたいって思いました。
私みたいな大きな娘がいるし、愛子さんとは年齢差もあるのに、どうして父さんと結婚したのか、色々と聞いてみたいです」

「えーっと。それは、その……」

「照れずに教えて欲しいです……そうすれば」

「あー、言わなくていいから。愛子、黙ってろ」

突然キッチンに飛び込んできた父さんは、愛子さんの側に駆け寄ると、その口を勢いよく手で塞いだ。
愛子さんは、突然父さんに抱き寄せられ、口をふさがれてしまって、あわあわと焦っている。
私に視線を向けながら両手をばたばたさせて、まるで私に助けを求めているようだ。

父さんの腕の中に閉じ込められた愛子さん。
必死の父さんから引き離すなんて事、ばからしくてしないけど。

「いちゃつくなら、私と央雅くん、帰ろうか?」

からかい気味にそう言うと、慌てた父さんは、

「いや、帰らなくていいから」

「でも、愛子さんと二人でいたいんでしょ?」

「そんな事ない、いや、それも違うんだけど……とにかくまだ帰るな。
せっかく来てくれたのに、まだいてくれ。
でも、愛子に色々聞くのはやめてくれよ」

「なんで?」

「……こっぱずかしいだろ」

むすっとした表情で、ぷいっとよそを向いた父の顔は、まだまだ若い、単なる男性の顔をしていた。
自分の父親のそんな顔を見て、普通なら複雑な気持ちになるんだろうけど、今まで親しさとは無縁の関係だったせいか、二人が抱き合ってるに近い状態でいても、それほど嫌悪感も感じない。

むしろ、温かい気持ちになる。

私が父さんに、父さんとしての近い距離感を感じていないからかもしれないけど。

……まあ、いいや。目の前の二人、仲良しだから。

「でも、父さんとの事を愛子さんから聞いてみたいな。
そうすれば、私は父さんの娘だってもっと実感できると思う」

さっき、私が言いかけた言葉。
小さく笑って呟くと、相変わらず真っ赤な顔の父さんは複雑そうな顔をしていた。
……愛子さんも同じく。