揺れない瞳

「私だって、“嫌な人”です」

私は思い切るように、そう言った。
黒くて重くてドロドロした感情が、ずっと私を支配している自分には気づいていた。
父さんが私を見離していた時間、愛子さんという女性と出会って結婚して幸せに過ごしていたと考えると、父さんの事、そして愛子さんの事、決していい感情を持つなんてできなかった。
私の寂しさの上に成立している父さん達の幸せを受け入れるなんてできないと思ってた。
そんな、抱えたくない感情を抱えている事から目をそらして、何も考えないようにしていた。

そして、そんな重苦しい自分って嫌な女だと思っていた。

父さんが用意してくれたマンションで暮らしながら父さんのお金で大学にも通っているくせに。
子供として、それは当然なことだと思いながらも、父さんに養われている自分が嫌で、父さんに関する全ての事から気持ちを閉ざしていた。

それでも、父さんとちゃんと向き合い、母さんとの関係や私を見離した事への自責の念を教えてもらって。

単純に父さんを悪者にはできないって気付いた。
母さんとの関係には私には想像もできない複雑な悲しみや苦しみがあっただろうし、自分が背負わなければならなかった会社への責任もあったはずで、大人になった私が、ようやくそんな現実に触れる事ができた。

そして、父さんと過ごせなかった幼い時間を改めて悔やんだ。
一緒に過ごせれば、きっと好きになっていたはずだと、認めた。

だから、父さんの側で父さんの気持ちを独り占めしている愛子さんが

“嫌な人”

ならいいのにって心のどこかで思っていた。