揺れない瞳

きっと愛子さんの人柄のおかげだと思う。
それまでの父さんのぎこちなさや拗ねた表情は次第に消えていって、四人の距離はかなり近くなった。

医学部での勉強の事を聞く度に、知らない言葉に驚いては目を大きく見開き、央雅くんの両親がどれほど忙しくしているかを聞いては

『社長って、楽なんだな』

とわが身を振り返って複雑そうな声を出したり。

少しずつ央雅くんの事も理解してくれた。
愛子さんがうまい具合に合いの手を入れてくれて、父さんの感情を上手にコントロールしてくれたのも大きかった。

気付けば父さんは、央雅くんのバイト先に飲みにいくとまで言い出してご機嫌。

『娘を手離すんじゃなくて、息子が増えると思えばいいのよ』

愛子さんのフォローは完璧だった。


その後食事を終えて、キッチンでコーヒーの準備をしている愛子さんのもとに行くと、それまでの明るく弾けたような女性ではなく、ひっそりと何かを考え込んでいる愛子さんがいた。

コーヒーがポットに落ちていく様子をぼんやりと見ながら、その視線は何もとらえていなくて。
気持ちがそこにないような空っぽな表情に、私は思わず見入ってしまった。

「……疲れましたか?」

そっと声をかけて側に近寄ると、それまでの表情を隠すように笑顔になった愛子さん。

「ううん、大丈夫よ。コーヒー淹れたんだけどお砂糖やミルクはどうしようか。結乃ちゃんが持ってきてくれたケーキも出すからもう少し待っててね」

相変わらずの元気な声。
何も悩みがないような表情。
ケーキをお皿に移しながら口ずさむ歌。

心底楽しそうに動いている愛子さんに、私の気持ちは惹きつけられて、切なくなってくる。

「……私、本当は愛子さんが嫌な人ならいいなって思ってたんです」

言うつもりもなかった言葉を、思わず口にしてしまった。