揺れない瞳

その頭を優しく撫でて、俯く結乃の視線に俺の視線を合わせると、ぎこちなく表情を返してくれる。
決して豊かではないけれど、その表情の揺れには結乃の感情の変化が見える。

結乃の感情全てを知りたいと思う。
俺に対する気持ちはもちろん、結乃の中に生まれる感情全てを知りたいと思う。
そして、その感情全てが温かく流れるように見守りたい。

「結乃は扱いづらいし、距離も感じるし、俺に必要以上に遠慮して気を遣ってる」

軽い声でそう言う俺に、びくっと体を強張らせた結乃は泣きそうな顔になる。
そんな顔も、これまではなかなか見せてくれなかったな。

「遠慮なんてしなくていいし、気を遣う必要もないのに。
俺は結乃の恋人だろ?いつも一番近くで結乃の全部を見る事ができる存在だと思ってるけど、違うのか?」

瞬間、首を大きく横に振る結乃。

「俺は、過去の結乃を守ってやりたかったし、悲しくて寂しい毎日から解放してやりたかったと思う。まあ、それは今更無理なんだけど。
だからこれからは、結乃を苦しめる事全てから守ってやりたい。
結乃がどんなに遠慮しても俺はそうする。

……どんなに結乃が扱いづらくても、俺は結乃から離れない」

他人には決して聞かせたくない甘い言葉だと思うけれど、愛情に恵まれた日々を送れなかった結乃が安心するのなら、いくらでも聞かせてやりたい。

「だから、俺の目に留まる事なんかなかったって言うなよ。
きっと、いつの結乃に出会ったとしても、俺は結乃を好きになってる。
どんなに扱いづらくても、絶対結乃を愛してしまうから。……了解?」

とっくに溢れていた涙が、結乃の瞳から零れ落ちた。
こくりと頷いて、俺の首にしがみつくと、声もなく、ただしゃくりあげて。

「好き……好き……央雅くんが、すごく好き」

結乃の心からこぼれる俺への感情の束が、言葉となって俺を射る。
普段から言葉の少ない結乃から聞かされるその切羽詰まったような言葉に、俺はどうしようもなく震えて。
力いっぱい結乃を抱きしめ返した。