揺れない瞳

「母さんはね、本当は父さんと離婚したくなかったんだって。
でも、父さんは母さんへの愛情が薄れていて、愛情を取り戻せなくて……。
それで、私だけは手離したくなかったらしいけど。
結局、画家になりたいっていう夢の方が、私への愛情よりも大きくなってしまって。私は育児放棄されちゃって、施設で育つことになった。
まあ、予想どおりなんだけどね」

くしゃっと笑っている顔を向けられて、その途端に俺の胸は痛んだ。
確かに笑っているし、声にも湿っぽさはないけれど、結乃の心が傷ついていないわけはない。

小さな頃から愛情に飢えていた結乃が、今日父親に聞かされた事実に衝撃を受けなかったはずはない。
きっと心のどこかには、施設に預けざるを得なかったどうしようもない理由があったんじゃないかと、淡い期待を持っていたに違いないのに。

今日父親から聞かされた答えには、そんな結乃の期待に沿うものは何もなかった。

結乃の両親のわがままと自分本位な行動が、結乃の人生を寂しく切ない時間に満ちたものにしたと、結乃に実感させるだけでしかなかった父親と過ごした時間。

どこまで結乃を傷つければいいんだ。
そして、どこまで結乃は悲しい現実に立ち向かわなければならないのか。

俺に笑顔を向けながら、『大した事じゃないよ、大丈夫だよ』と頷く結乃が愛しくてたまらなくなる。
思わず結乃の側に跪いて、その華奢な肩を抱き寄せた。
外気の冷たさを纏ったままの結乃の体は冷え切っていて、まるで彼女の心をそのまま抱きしめているような気がした。

「俺が……こうして抱きしめてやりたかったよ。
小さい頃の結乃を、こうして抱きしめて守りたかったよ」

俺は、低く掠れた声でそう呟くと、今持っている結乃への愛情全てを注ぎ込むように強く抱きしめた。