揺れない瞳


父さんと二人、おいしい食事をいただきながらぽつりぽつりと話を続けた。

二人っきりの和室に向かい合う緊張感は、二人で泣き顔を見せた事で徐々に解け始めている。
どちらかと言うと、私よりも緊張の度合いが大きかった父さんは、好物だという『揚げ出し豆腐』に舌鼓をうっている。
何度も私に視線を向け、その度に優しく笑う父さんの様子に、私は落ち着かないけれど、その一方ではその行為を嬉しく思う自分の気持ちにも気付く。
自分を気にかけてもらえるって、こんなに心が穏やかになるものなんだな。
時々目が合う瞬間に、お互いに漂う照れくさい気持ちでさえ嬉しく思う。

「愛子さん……も、このお店にはよく来るんですか?」

「あ……ああ。もともと、愛子がこのお店を気に入っていて、俺が紹介されたんだ」

「そうなんだ……。お料理もおいしくて、静かな雰囲気もいいですね……」

私がふと口にした『愛子さん』という言葉に、はっとした表情で反応した父さんは、たどたどしい口調で答えた。
今の奥さんの愛子さんは、父さんよりも10歳年下らしい。
戸部先生が、何度か話してくれた愛子さんのイメージは芯が強いかわいい女性。父さんとの詳しいなれ初めは知らないけれど、今現在は二人で幸せに暮らしているらしい。
父さんより10歳年下という事は、今30歳くらいかな。
私にとっては年の離れたお姉さんともいえる年齢。

「結……愛子とは……結婚もして、もちろん一緒に暮らしてるんだけど」

「え……?あ、はい」

まだ緊張しているのか、ぎこちない口調の父に顔を向けると。

「結だって、俺には大切な存在だし、もっと会いたいと思うし、俺が幸せにしてやりたいって思ってるんだ」

どこか切羽詰まった声で、私に言葉をかぶせてくる。
私が愛子さんの話題を出してしまったから、気を遣わせてしまったのかな。

確かに自分の父親の再婚相手だから、その話題は避けた方が良かったのかもしれない。
でも、私には、愛子さんへのわだかまりも特別な嫉妬心もなくて、単なる話題の一つとして話しただけなんだけど……。

「愛子も結の事はかなり気にかけてるから、結も遠慮しなくていいんだぞ。
気兼ねせずに遊びに来てくれていいし、なんなら一緒に暮らしてもいいんだ」

父さんの早口な言葉には強い勢いがあって、その言葉が本気なんだと感じた。

……一緒に暮らすなんて、無理だけど……。