揺れない瞳

そんな父さんの不安と期待が入り混じった様子が、私には照れ臭くもあり切なくもあり。父さんの再婚相手だとういう複雑な関係である愛子さんの事を思い浮かべながら、小さく首を縦に振った。

瞬間、大きな安堵感と共に息を吐いた父さんは、顔をくしゃくしゃにしながら笑っていた。

そんな父さんを見ながら、私も緊張がとけてほっとした、その時。

「お嬢さん、あなたには遠慮がないんですか?奥様がいる相手と堂々とこの場にいらっしゃるだけでも図々しいのに、奥様にまで会おうだなんて仁義に反します」

近くで注文を待っていた女性が声を荒げた。

「仁義って一体なんの事だ?」

「そのままの意味です。愛子さんという奥様がいらっしゃりながら、こんな若い女の子と堂々と。
このお店には愛子さんだってよくお見えになるんです。
もしかちあったりしたらどうするんですか。修羅場じゃないですか」

激しい口調で一気に言い立てられて、父さんも私も言葉を失ったまま呆然となってしまった。
修羅場って一体どういう意味なんだろう。
そりゃあ、突然ここで愛子さんと会ってしまったら気まずいだろうし、話題にも困るけど。

「修羅場って……大げさな」

思わず口にすると、途端に再び大きな声が飛んだ。

「大げさなんかじゃありません。社長の事を本当に愛してらっしゃる愛子さんが、あなたみたいに見た目きれいでお若いだけの女の子に負けるとは思いませんが、それでも愛子さんだっていい気分じゃないはずです。
とっとと社長と別れて自分に合った人とお付き合いください」

肩で息をするって、こういう状態の事を言うのかな。
目の前で顔を真っ赤にしている女性の息は荒くて苦しげ。
それでも、父さんと私を見る視線は鋭く厳しいまま。
……本当、一生懸命だな。愛子さんの事が好きなんだってよくわかる。

そして、ふと気付いた女性の勘違いに、なんだかおかしさを感じていると。

「えっと、見た目きれいらしいぞ……良かったな」

私と同じく、女性の勘違いに気付いたのか。
父さんがくすくす笑いながら声をあげた。

「若いだけの女性ってのは気になるけど、ま、結乃の見た目を誉めてもらえて嬉しいよ」

肩を揺らし、ちらちらと女性を見る父さんは、ふざけたように私の肩に手を回してそのままぐっと……私を抱き寄せた。

「え……」

突然引き寄せられて、気付けば私の頬は父さんの鼓動を直接感じられるところにあった。
肩に感じる父さんの体温と、とくんとくんと感じる父さんが生きている証。
父さんに抱え込まれた私の体は、心と一緒で不安定このうえないけれど。
それでも、私の中にとどまっていた黒くて寂しい心が浄化されていくような気がして、そのまま動けなかった。