「戸部先生から聞いたんだけど、肉よりも魚が好きなんだって?
この店は和食全般うまいんだけど、この……金目鯛は絶品だぞ」

「あ、じゃあ、それ、食べてみようかな」

「そうか?この白和えもおいしいし、煮物だったらかぼちゃのいとこ煮も父さん好きだけど」

どうする?と不安げに聞かれても、よくわからないし……。

「あの、特に好き嫌いはないので、任せます……。父さんに」

迷いがちな小さな声で『父さん』と付け加えた私の言葉に、大きく反応した父さんは、聞いた瞬間はっと目を見開いて私を凝視した。
そして徐々に細められていく瞳と同時に口角は少しずつ上がって。

「好き嫌いがないのなら、じゃあ、父さんが適当に注文するよ」

嬉しそうな声で、『父さん』と口にしたのは、意識しての事だろうと感じる。
その表情から、変わらず緊張しているんだろうと読み取れるけれど、ほんの少し赤みが差した頬には安堵感も見えて。

私の事を、本当に意識してるんだと実感する。

嬉々としてメニューを見ている父を、そっとうかがうと。
思っていたよりも若い、40歳になったかならないかの父に気付いた。
高校生の時に父親となったこの男性は、今もまだまだ若くて、見た目も整っている。
きっと女性からの注目は半端なものじゃなかったはず。
ううん、今もかなりモテているんだろうな。

社長という職を見た目が表しているのもすぐわかる。
どう見ても仕立てのいいスーツを着てるし、誰もが知る有名なブランドの時計を身に着けている。それがよく似合っているのも、育ちの良さだろうか。

私のような、成人している娘がいるなんて、ぱっと見ただけじゃ想像もできない。

再婚してしばらく経つはずの父さんには、新しい奥さんとの間に子供がいないと聞いている。若い奥さんと二人、仲良く暮らしているのも若さの理由かな。

ちらちらと、父さんを見ながら手元のお茶を飲んでいるうちに、父さんは幾つかの料理を決めたようだった。
途端に父さんの顔に戻ってくる緊張感。
私との間に漂う無言が居心地悪いんだろうな、とすぐにわかる。
私だって緊張していないわけではないけれど、相手にここまで硬くなられると、なんだか気が抜けてしまう。
どこかこの雰囲気を第三者的な目で見てしまう自分にも気付いてる。

「今日は……会ってくれて、本当にありがとう」

場の空気を和らげるように、唐突に父さんはそう言って軽く頭を下げた。

「ずっと、会ってもらえないから、このまま死ぬまで会えないのかと……だから今日はすごく嬉しいんだ」

「死ぬまでって、大げさな」

「いや、俺の身勝手さは俺が一番自覚してるから。……結乃に会いたくないって言われても仕方ないって思ってたんだ。それでも、諦めるつもりはなかったんだけどな」

父さんは、ははっと渇いた笑い声をあげた。
それが、少し切ない。