揺れない瞳

川原さんに、今日このままウェディングドレスを持って帰りたいと言われて、すぐに返事ができなかった。
ショーで使いたいと芽実さん言われて、私の返事は保留してもらっているけれど、タイミングに問題はないのかを確認してみることにした。
ショーはまだ一か月以上先だけれど、このドレスがどう扱われるのか全くわからない。

カフェから一旦外に出て、芽実さんの携帯を鳴らしてみた。
初めて芽実さんにかけるせいか、人見知りからくる緊張感プラスアルファのドキドキも感じてしまう。

『はい、岡崎です。不破さん?こんにちはー』

何度目かのコールの後、以前会った時と同じ明るい芽実さんの声が聞こえた。

「こんにちは。お仕事中ですよね?少しお話があるんですけど今いいでしょうか?」

『大丈夫よ。どうしたの?ようやくショーでウェディングドレスを着る気持ちになってくれた?』

ふふっと笑う声からは、期待感も感じられて、困ってしまう。

「えっと……モデルは、やっぱり無理です。すみません。
それで、あの……ドレスを結婚式で使わせて欲しいと言われてるんですけど、ショーの段取りとか大丈夫でしょうか?」

『えっ。結婚式?まさか不破さんが結婚するの?』

「あ、違います違います。大学の……えっと知り合い……が結婚するんですけど、花嫁さんが私の作ったドレスを気に入ってくれたらしくて」

『あら、そうなんだ。不破さんが結婚するかと思っっちゃった。
そうよね。まだ不破さん若いもんね。
で、ドレスだけど。うちのショーでお披露目したいからできれば使わないで欲しいんだけど。でもねー、不破さんの作ったドレスをどうするかは不破さんが決めていいことだから、私には止める権利はないのよねー』

芽実さんは、『うーん』と苦しそうな声を出している。

それほどの熱意もなく作ったウェディングドレスを、会社のショーで使わせて欲しいと言ってもらえた事は、ありがたいけれど。
川原さんの恋人への想いを知ってしまった今、あっさりと川原さんの申し出を断るなんてできない。あのウェディングドレスを着る事ができないなら結婚しないなんて恋人に言われたら、その願いを叶えるしかない。
まるで脅迫にも似たその言葉は、とても重い。