それからしばらく経った後、川原さんに連れて来られたのは大学近くのカフェ。
授業の空き時間に加絵ちゃんと何度か来た事がある。
店内には、大学で見た事のある顔がちらほら見えて、どう思われるだろうと、川原さんと二人でいる状況に緊張してしまう。
「その、最終審査に残ったドレスを、貸してほしいんだけど。大切に使わせてもらうし、ちゃんと返すから」
「……貸す?……は?」
「だから、そのドレスを貸して欲しいんだ。急ぐから、今日このまま持って帰っていい?」
目の前でサンドイッチを食べている川原さんは、まるで昔からの友達のようなあっさりとした口調と気安さでそう言ってるけれど、予想もしていなかった言葉を落とされて、私には戸惑いばかりが溢れてくる。
「ドレスって、これですか?」
隣りの席に置いている鞄の中にはコンパクトにたたんだドレスがおさまっている。
「そう。結婚式で使いたいから貸して欲しいんだ。で、日程が迫ってるから今このまま持って帰りたいんだ」
「はあ……」
「『sweet sweet』のショーに出るって聞いてるからすぐに返すし。
あ、俺の作品も出す事になったから、よろしくな」
ショーという言葉に、一瞬反応してしまったけれど、それ以上に気になる事を聞かなきゃいけない。
「あの、よくわからないんですけど、私のドレスを結婚式で使うって……。
川原さんが結婚する……の?」
小さな声しか出ないけれど、どうにか聞く事ができた。川原さんからさらっと言われた全てがよくわからない。結婚式って一体何だろう?
「来週の日曜日に俺結婚するんだ。で、彼女が最終審査で展示されてるドレスを見て着たいって言い出したんだよ。最終審査の投票も俺じゃなくて不破さんのドレスに入れてた」
淡々と話してくれる川原さんが、体を私に寄せると、向かい合わせの距離が一気に縮まるような気がしてどきっとする。
「そのドレスで結婚出来なかったら結婚やめるなんて言い出したんだ。
だから、そのドレス貸して」
『断るなんて許さないよ』と言葉にならない圧力が私に落とされたように感じる。
川原さんは、どちらかと言えば笑ってるに近い穏やかな表情なのに、私を委縮させる鋭ささえ満ちていて、私は表情を崩す事もできない。
何をどう答えていいのか。
ショーに出ないかと誘われたり、結婚式で花嫁に着せたいと頼まれたり。
……手元にあるドレスが呼び込むあらゆる最近の変化に、追いついていけなくて泣きそうになった。

