揺れない瞳



「いつも待たせてごめんなさい。…寒かったでしょ?」

慌てて着替えた後、加賀さんやお店にまだ残っているバイト仲間達に挨拶をして外に出ると、扉の脇にもたれている央雅くんが振り向いた。
さっきと変わらず、いつもとは違う表情に私の声もか細くなっていく。
うかがうように側に立ってもその雰囲気は変わらない。

何か、あったのかな…?

どうすればいいんだろうと不安になった気持ちが顔に現れたのか、ふっと息を吐いた央雅くんは、私の頬を軽く撫でると

「…なんでもない。色々思い出してただけ。
さ、帰ろうっか」

小さな笑顔で手を差し出してくれたその仕草は、いつもと一緒だった。

バイトからの帰り道、繋ぐ手の温かさを感じる度にどきどきが溢れてくる。いつも凪いでいる自分にもこんなに波立つような感情があると知った。
抑えに抑えてきた自分の喜怒哀楽が、少しずつ私の内面から滲み出るようで戸惑う。

最終審査に私の作品が残った事にしても、央雅くんと出会った事にしても、私の感情が動き始める大きなきっかけに違いない。
過去の私なら予想もしなかった感情に、意外に上手に冷静に対処できてる自分にも驚いている。

これまでなら目を合わせる事すら緊張して避けていたのに、今日、颯くんと明るく気負う事なく会話できた事を嬉しく思えるくらいに、私は人間らしくなったかなと思う。

そんな私の変化の一番のきっかけに間違いない央雅くんの体温は、緩やかに変わる私を後押ししてくれているようで心強い。

いつの間にか私にとっては大切な人となっている央雅くんの隣にいられる事が。

切なくて苦しくて愛しい…勇気にも思える。

それでも、いつも以上に曖昧で本音が見えない央雅くんを目の当たりにすると、途端に弱い心が戻ってくる。

『色々思い出してただけ』

そんな言葉を投げられても、私はどこまで聞き返していいのかもわからないし。
どうして苦しそうな顔をしているのかもわからない。

央雅くんの本心がわからなくて、切ない。