一度だけ来たリビングの隣にダイニングルームがあって、そのテーブルの上に豪華な寿司桶が乗っていてグラスや箸なんかのセットもすでにしてあった。しっかり三人分。益々断れない。


仕方なく促されるままあたしは椅子に腰掛けた。


椅子に座るとウーロン茶を注がれ、あたしは慌ててグラスを手にして頭を下げた。


何となく流れで箸を手にして、それでも本当に食べていいのか躊躇していると


「鬼頭さん何が好き?」と久米に聞かれ


「マグロ…」と何とか言うと久米がマグロの握りをあたしの小皿に置いてくれる。その様子を向かいに座ったお父さんが微笑ましそうに、にこにこ眺めている。


「冬夜と同じクラスなのかい?学校での冬夜はどう」と聞かれ


「同じクラスです。席も隣同士で。学校での久米……くんは、まぁ真面目で人気もあります」と優等生的な意見を述べるとお父さんは満足そうに頷いた。あたしだけは知ってる、ホントは似非王子だってこと。そう言いたいけど、でもこの雰囲気の中とてもじゃないが言えない。


「そう言えばこないだ君たちの担任の…神代先生だっけ、が訪ねてきて同じようなことを言っていたな」


水月が―――……?


あたしが目をまばたき、何故だか久米と顏を合わせた。どうやら久米も知らなかったらしい。何で水月が……


あ、でもこの間までやたらと久米のこと気にしてたし、会いに行ったって結構な行動力だな…


「先生はそのときなんて……?」久米が探るように目を上げ


「大したことはないよ。お前が夜遅くに街に居た気がするけど大丈夫なのか、とか。お前の精神状態や家庭環境を心配してらした。熱心でいい先生だね」と最後の方はあたしの方を向いてにっこり笑顔を浮かべていて、あたしの隣に座った久米は小さくため息。


「夜遅くにって、この歳じゃ普通じゃん。そんなことで一々?まぁ時々暑苦しいときはあるよね。イマドキいない熱血先生みたいな」


その答えにお父さんは明るく笑い声をあげて


「いいじゃないか、熱血先生。父さん好きだな。最近ではそう言う先生が少なくなってるからね。生徒や保護者の目を気にして鬱やノイローゼになる先生も少なくない」と真剣に言った。


鬱、ノイローゼ……まぁ水月はちょっとその要素があるけど


「神代先生は保護者や生徒の目を気にして鬱になるタイプではなく、生徒のことを人一倍考えて悩み込むところはあると思います。いつでも生徒のことを一番に想ってくれるいい先生です」とハッキリと言い切ると


「そうみたいだね、冬夜もいい先生に恵まれたようだ」とお父さんは朗らかに笑った。あたしの隣で黙ってウーロン茶を飲む久米の顏を―――見ることはできなかった。