■Chairs.23



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駅から走って十分弱で久米の家に着いた。前に一回来たことがあるけど、夜だからかまた違った景色に見えるから不思議。全く別の家に見える。


いつか見た―――マグリットの『光の帝国』。空は昼を表しているのに、地上はほの暗い夜。そしてその夜の中に浮かび上がる黒いシルエットの家、そこから漏れるオレンジ色のほのかな灯り。


何だか異世界に迷いこんだ気分になった。けれどこれは異世界なんかじゃなく、久米は手慣れた動作で鍵を開け玄関の扉を開けると、想像以上の明るい照明が玄関を照らし出していて、玄関には男物の革靴が一足。それが妙に現実めいていてちょっと安堵した。


「ただいまー」と久米が声を掛けると、ちょっと開いたリビングの扉から猫のオランピアが興味深げにちょっと顏を出し、でも馴染みのない顔に戸惑ったようにまたもひょいとリビングの向こう側に消えた。それと同時に


「おかえり」と廊下の奥から久米のお父さんだと思われる人が現れた。良く透る低い声は柔らかく、好感の持てる喋り方。


白いワイシャツに黒いズボン。ネクタイは無かったけれど、それが仕事着だと言うことは何となく分かった。普段はこの上に白衣なんか着るのだろう。


久米のお父さんは、久米と顏の造形が似ていて雰囲気も物腰も柔らかい。実際の年齢を聞いたことはないけれど、あたしのお父さんと比べるとちょっと若い気がした。


久米のお父さんはあたしを目に入れるとちょっと目をぱちぱちさせて


「あ、はじめまして」と慌てて頭を下げると


「はじめまして、冬夜の…?」と聞いてきて


「鬼頭 雅さん。クラスメイト」と久米が簡単に紹介して





「鬼頭―――…雅さん―――…?」





お父さんはちょっと目を瞠った。