やがて結ちゃんの家まで1ブロックと言う所まで来て、
「ここでいいよ。またエミナやお母さんに見つかったら煩いから」と結ちゃんが言い、僕はブレーキペダルに足を置きかけたときだった。
ふいに茶色いものが道路を横切り、徐行運転はしていたものの突然の出来事に思わずブレーキをきつく踏み込み、サイドブレーキも切った。
がくん!と体が揺れ
「キャァ!」シートベルトはしていたけれど、スピードに追い付けなかった結ちゃんが反動で前のめりになる。
ちょっと窓に頭をぶつけたのだろう、後頭部を押さえながら
「ちょっと、何。急に」結ちゃんが訝しんで
「いや、さっき茶色いのが…」
見間違い?
タイヤが何かを踏んだり轢いたりした感触もしなかったし、ぶつかってもいない。見間違いか…
それでもちょっと心配になって僕が車を出ようとすると、
「ねぇ、どうしたって…」結ちゃんも僕の後を追いかけるように車外に飛び出てきて、だが一足早く結ちゃんの方が気付いた。
「嘘…!」
結ちゃんが顔を真っ青にさせて、両手を口元にやるとがくがくと小刻みに震えた。結ちゃんの華奢な両肩を雨粒が打ち付ける。その雨音に混じって
「嘘…」結ちゃんは弱々しく呟くとよろりと足を出した。
結ちゃんの視線の先を恐る恐る見ると、道路に小さな茶色い影が横たわっていて―――……
嘘―――だろ…
「モカーーーーー!!!!」
結ちゃんの悲鳴が分厚い雲で覆われた雨空の中、鈍く響いた。そしてそれとほぼ同時にさっき結ちゃんが言った『シェルブールの雨傘』のメロディが何故か頭を横切った。



