□Chairs.22



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この日、とうとう森本は帰ってこなかった。


ホームルームを終え、職員室のデスクの上、自分のケータイを乗せ、それを見つめて数分が経った。


「どうしたらいいのか」と思わずため息がこぼれる。


ちょっと前に、久米からメールがあった。雅と岩田と三人で文化祭の買い出し兼遊びに出かける、雅は責任持ってきちんと送り届ける、と書いてあった。


『デートって言えば聞こえはいいんですが、単に買い出しだけなので安心してください』


と、ご丁寧にも一言添えてあって、苦い笑みが浮かんだ。


久米と雅が付き合ってると言う嘘を広めるため一緒に居ることに、僕があまり良い気分がしてないことを察しているに違いない。しかも少し前に強烈な威嚇をしたばかりだ。


それとも威嚇なんか通じなくて、これは久米が単に『真正面から勝負する』とハッキリと言い切っていてしかもどこか自信があるからか…


はぁ


何度目かのため息を呑み込み、


とりあえず今はその話題を出すのは止めよう、と決めた。うだうだ考えて結果が出るのならそうしてる。


今の所、問題視することべきは―――


僕は出欠簿の登(登校)下(下校)の欄にバツ印が打ってある森本の名前が気になった。今まで一度もそう言うことはなかった。バツを打ったところが、ぽっかりと目立つ。


以前まこから聞いた。森本はちょっとのことで興奮しやすい体質だと言うこと。そしてその興奮は心筋を弱めて、眩暈や吐き気を催すこともある、と。


そのことも含めて心配だ。


お母さんにもう一度電話を……と思ってデスクの電話に手を伸ばすも


「いや、あの様子からしたらまだ怒ってるだろうな…」と気弱になる。


「そうだ…結ちゃんなら何か知ってるかも…」電話機から手を退けてケータイを開いて、けれど結ちゃんのメモリを開いたところで、また躊躇した。




『…もしかして先生を好きになるかもしれない。


あの人かっこいい人には目がないもん。面食いだし』




かっこいいかどうかは分からないが、森本の予想はある意味当たっていたと言うことか…


でも


――『森本姉は、森本がピアスを持って行ったと言い、そして森本は自分のピアスを無くしたと言い、確かにどっちが嘘を着いてるのか分からないな』




ど ち ら が 嘘   を?

 分  か ら な い




それでも―――




『新しい恋―――


もうはじまってるもん。


少しでも先生の助けになりたいの。


先生の役に立ちたいの』



結ちゃんの懸命に訴える声が脳裏を横切り、あれは演技だとは到底思えない。僕はケータイを閉じた。


疑心暗鬼になる気持ちより、


……自分の無神経さが嫌になる。