駅から少し歩いたところでぽつりと額に水滴が落ちてきて、顏を上げると藍色の絵具をべったりと塗った重苦しい空が、まるで地上を押しつぶそうとしているように思えた。その藍色の空を、まるでレースのカーテンのように覆う灰色の雲の下、しとしとと雨粒を落としていた。
雨………
「ぅわ!雨!」とあちこちで声が挙がる。
街は眠りに入る前なのか、これから飲み会っぽい賑やかな声が所々から聞こえ、蛍光色の明るいネオンや、優しい色合いのオレンジとか様々な光彩で輝く賑やかな雰囲気の中、戸惑ったように人が右往左往している。
今日は今朝、あったかかったのもある。ブレザーを着てなかったから、薄手のブラウス越しに雨の水滴を肌で感じて寒気を覚えた。思わず両手で両腕を抱きしめると
「鬼頭さん、走れる?」と久米が聞いてきた。
「え、うん…」
短く答えると
ふわっ
頭上に何かが覆う気配と、爽やかな柔軟剤の香りがすぐに降りてきて、数秒遅れでそれが久米のブレザーから香ってくるものだと気付いた。
「風邪ひくといけないから」久米はあたしの頭にブレザーを被せ
「行こう」
あたしの手を取り走り出した。
舗装が行き届いていない凸凹の歩道にいくつもの水たまりが出来ていて、でも暗いからあんまり判別できず、時々足を取られながら、ハイソックスに泥を跳ねさせ、強まる雨音を遠くで聞きながら、でも
久米の手は、この冷たい雨の夜には似つかわしくなく、とっても
温かかった。
久米―――
ねぇ
あたしたちってかっこ仮のカレカノって関係で、あたしたちの関係を何て説明したらいいのか分からないけど
でもあんたの手、あったかい。
それだけは事実。
思えばあたしはいつも久米の手に守られてきた。
中学時代、友達の一人もいなかったあたしと仲良くしてくれた美術バカ。あたしが男子に噂されてることを知って本気でキレた美術バカ。あたしにいっぱい美術のこと教えてくれたね。
あたしに夢を語ってくれたね。
くるくる回るメリーゴランドのように、あんたは姿を変え声を変え、香りまでも―――…でも温もりだけは同じ…
この時ばかりは、二年前のあたしたちに戻ったみたいで、時間を逆戻りした感覚に陥った。
でも
二年前には、どうやったって
戻らない。