根岸の態度から察するところ、『話したいこと』と言うのを周りに聞かれたくないことだと思った。
と言うわけで、最近すっかり馴染みの……と言うか駆け込み寺みたいになっている僕の準備室に彼を迎え入れた。
「インスタントで良ければコーヒーあるけど。お昼ごはんは?食べた?」
僕の質問に彼は激しく首を横に振り、だけどすぐに慌てた様子で
「こ、コーヒーいただきます…お昼は……まだ…です」
とこれまた気弱そうな、しかしながらどこかせっかちな返事がかえってきて、ここで初めて根岸の片手にランチバッグが掛かっていたことに気付いた。弁当を持ってきているのに何故クラスで食べないのか気になったが、その疑問を浮かべること自体がバカげていると思い直した。
根岸は―――あの教室に居たくないのだ。
「ちょうど良かった。僕も昼食まだなんだ。一緒に食べながら聞くよ」と笑いかけると、根岸はほんのちょっと安心したように、小さく頷いた。
二人分のコーヒーを淹れ、それぞれ弁当を広げて……
「根岸のお弁当すっごい凝ってるね。お母さんが作ってくれるの?」と目をぱちぱちさせていると
「いえ……おね……姉が…母は忙しいので…」と返ってきた。
「へぇ、お姉さんが。優しいお姉さんだね。それに比べて僕の所は…」ちょっと遠い目で、リアルに影なんて背負ってる僕に
「先生にも…お姉さんが…?」
「うん、一人ね。そりゃもうすっごいの!ゴジラみたいな」僕は大げさにジェスチャー。その様子にちょっと心を許したのか根岸は小さく笑い
「見た目は普通の女だけど中身がね。破壊力が半端ない。まこ……」
言いかけて「ごほん」と咳払いをして「僕の友達が姉さんと付き合って、ボロ雑巾みたいに捨てられたんだ、流石にあのときは友達に顔向けできそうにもなかったけど、それが原因で体調まで崩しちゃってさ、その友達。
責任感じて僕が色々親身になってた」
こんなこと当の本人(まこ)に聞かれたら『おい!俺をボロ雑巾扱いするな!』と怒られそうだ。
「そ……その友達は…立ち直ったんですか…」
「うん」と僕はあっさり。「まぁ最初の頃は荒れてたけど今はケロってしてる」思わず苦笑いで手を振り「あ!ごめん!僕の話ばっかりになっちゃって!話したい事があるんだよね」僕が慌てると
「……その…先生の…友達は…先生のことを…う、恨んだりは…」
「それは無いよ。流石に成人してたし分別があるって言うか竹を割ったような性格してるから。そもそも、それとこれとは別だし」
「そう……ですか…」根岸はどこかほっとしたように息を付き「羨ましいです」と付け加えた。
羨ましい―――?
この話の流れで一体何が羨ましいと言うのだろう。



