HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~



お母さんの質問を合図に、開いていた目を忙しなくまばたきさせた。


「え―――…?」


「惚けようとしたって無駄です、エミナ苛めにあってるんじゃないですか」


また同じことを聞かれて、今度は僕は慌てて首を横に振った。


「断じてそのようなことは…」


とは言ったものの、苛めは教師の目が届かない場所で陰湿に行われる傾向がある。その半分が僕たち教師が見抜けない、そして残りのその半数が見て見ぬフリ。僕は前者かもしれない。


「ですが、あの怯えよう尋常じゃありませんよ。クラスメイトは素行の悪い生徒たちが多いと言うじゃありませんか」


お母さんは強弱のない淡々とした声音で言葉を吐く。決して怒鳴ったり声を荒げたりしていないが、その言葉に、やはり逆らえない何かがある。


「先日も申し上げた通り、確かに素行が良いとは決して言えませんが、苛めをする陰湿な生徒はいません。それにエミナさんはクラス委員長、文化祭実行委員等、率先して引き受けてくれて。同じく実行委員たちとも仲良くしています。クラスをまとめようと一生懸命です」


とは言ったものの…雅は森本に無関心だし、梶田は嫌ってるフシがある。久米は―――…分からない。


「あの…エミナさんから親しい友人の名前など聞かれていないですか?もし聞かれていたのであれば、それとなく僕がその生徒に聞いてみますが」


と提案すると、お母さんは苦いものでも噛み潰したように顔を歪め


「存じておりません」


とキッパリ。


それは―――知らないってこと…?


僕は一瞬、呆気にとられた。どんなに窮屈な場所にも少なからず親しくしている人間がいるはずだ。―――と思う。と言うのも、雅がいい例だからだ。あの子は一人でも気にならないし、むしろ誰かと親しくするのは面倒と言うタイプだが、その方が少数だ。ほとんどと言って無い程。


特に学校は思春期時代のいわば彼女たちの“社会”になっていて、そこで形成される人間関係はこの後本当の社会に出て大きく左右される。悪い道にも良い道にも、少なからずその時の人間関係が影響してくるのだ。


子を持つ親なら、その所が気になるだろうし、知りたいと思う筈。


森本の、根本的な問題は学校と言うより、やはり家庭にあるようだ。今度は僕の方がちょっと苦い顔をすると


「そう言うところの役目は先生がたが行うものでしょう?


先生は、エミナが誰と親しいのかきちんと観察してくださってるのですか」


と、逆に指摘されて、決して声を荒げていないのに、まるで鋭利な凶器のように僕の心臓を刺す。