それから僕たちはピザやパスタなんかを頼み、お酒も3杯目になった。ワインを喉に流し込みながら、何でもない話を繰り出していた。少しばかり深く考えるのを辞めたかったから。そのときだった。
TRRRR…
僕のケータイが鳴り、サブディスプレイを見ると
着信:結ちゃん
となっていて、僕は慌てて電話を手にした。
「も、もしもし!」
思わず勢い込んでしまったのは、彼女が無事かどうか知りたかったから。
『あ……先生?電話貰ってたのに…ごめんね、こんな時間になっちゃって…』
彼女の声は抑揚を欠いていたが、別段沈んだりはしていなかった。
「ううん、こっちもごめんね。何かワケ分からないメールして」と一応謝ると
『ううん…大丈夫…だけど怪しい人影って?どうしたって言うの突然』
まぁ結ちゃんが訝しむのももっともなことで。
僕はなるべく彼女を怖がらせないように
「実はあの辺で痴漢が多発してるって、通りがかったお巡りさんが言ってたから」
と、これは完全なる作り話だ。
『え―――…痴漢?』
結ちゃんの声がちょっとくぐもった。
「うん、そう…!」僕は嘘だと見破られないように慌てて頷いて勢い込んだ。
『……うん、分かった…あたしの心配してくれてありがと…』
「ううん、無事で良かった」とこれは本心でちょっとため息をつき
『話はそれだけ?』と聞かれ
「う、うん…ごめん、大したことないことで電話掛けて」
『ううん、嬉しい。あたしのこと心配してくれて……』
結ちゃんが電話の向こう側で微笑んでいる姿が容易に想像できた。僕はちょっと申し訳ない気持ちになった。本当は痴漢なんか小物ではなく、周到に計画をして更にその計画を実行できるだけの行動力を持つ恐ろしい人物だ、と。喉元まで声が出かかったが、それを何とか飲み込んだ。



