言ってなかったこと―――……が何なのか想像できなかった。てか逆にあり過ぎて分からないって言った方が正しいのか。
「神代先生……あたしに…“取引”しようって。久米くんとあたしの関係をちゃんと説明してほしいって…」
へぇ、あの水月が。やるね水月も。
「取引って何なんだよ」と明良兄がまた目を吊り上げ、返答しだいではアイツも許さない!と今にも勢い込みそうだったけれど、その手をあたしが制して
「明良兄黙って、すぐ気色ばんだらダメだよ」と一言言うと明良兄は恥ずかしそうにちょっと顏を逸らした。
「ねぇ乃亜、言って?水月は何をネタに取引しようって言ったの?彼は何を掴んでいたの?」
「……」たっぷりの間時間を空けて、でもようやく乃亜も決心がついたのか膝の上できゅっと握った拳に力を入れて
「久米くんの秘密―――」
秘密―――……?
あたしは目を細めた。あいつにはそれこそ“秘密”が多すぎて、何なのか見当もつかないよ。
水月は何を掴んだのだろう。
「取引を持ち上げられたときは昨日のお昼前で、その後すぐに久米くんに相談したの。そしたら『そんなのハッタリだ』って久米くんが」
「絶対そうだって、アイツが言うようにハッタリだったに違いない」と明良兄は勝手に自己完結させそうだったけれど、再びその手を制して
「で?その後はどうなったの?取引を持ちかけてきたからには、乃亜を動かすネタを持っていたに違いないよね。それともネタ自体嘘だったのかな。明良兄が言うように」
「……分かんない…でも先生は確信してたみたいな……そんな態度だった。ハッタリとは思えなくて…でも結局のところ久米くんに相談しちゃったんだけど」
「久米に相談した後は?」再びあたしが被せると
「それでもあたしは久米くんの言う『ハッタリ』説がどうにも信じきれなくて、相手は先生だし“取引”してもいいかなって……
それに先生は『人間は、窮地に立たされると立場を天秤に掛けられるんだ。雅を取るか、久米を取るか―――』
って言ったんだよ。あんな先生初めて見た。それに…確かにあたしにとっても久米くんより雅の方が大事だったから」
「でもその“取引”はされなかった」感情論を打ち砕かれた乃亜はちょっと顏を歪めて、だけどすぐに不安そうにぎこちなく頷く。あたしは小さく舌打ちした。
きっと水月が持ちだした“取引”てのは、想像以上にデカいネタだったに違いない。水月の言ったことはハッタリでも何でもなかった。それは久米にとってはまさにアキレス―――
それは乃亜にも知られたくないことだったに違いない。だから先回りをして水月を黙らせた。
問題は―――どうやって……?



