「夢見?何の夢見たの?怖い夢?」と乃亜が笑いながら靴を履いている。
「“記憶の固執”みたいな変な夢だよ」
「きおくのこしつ?」乃亜が頭の上に?マークを浮かべて首を捻った。
「ああ、それは気味悪いよね」
すぐ隣であたしたちの話を聞いていた久米が上履きを取り出しながら苦笑した。
あたしは靴を履こうとしていた手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。
久米と空中で視線が合う。久米の視線には他意が感じられなかった。
「どうしたの?」と軽い調子で聞いてくる。
「あんた、知ってるの?“記憶の固執”」
あたしが聞くと、久米はスマートすぎるほど良く似合う仕草で肩をすくめて、
「ダリだろ?流動化した時計の変な絵の。有名じゃん」とちょっと笑った。
「流動化した時計?あぁあの物干し竿に引っ掛けられた洗濯物みたいな時計の絵」
乃亜は合点が言った様に頷いた。
「おもしろい例え方するね」と久米も笑った。
ダリの柔らかい時計の絵は有名で、よくポストカードやポスターなんかで目にする。
だけどその絵のタイトルが“記憶の固執”だとどれだれけの人が認識しているだろう。
普通は乃亜みたいに、タイトルを言われてもピンとこないけど絵は何となく知ってるっていう程度だ。
あたしだって“美術バカ”の美術書を借りるまで、その絵のタイトルが“記憶の固執”だとは知らなかった。
久米は―――……



