HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~



「は?別に……気を遣ってもらいたいわけじゃないからいいよ」


あたしはそう返して鞄を持ち直し、玄関の扉の取っ手に手を置いた。


そっけなく言って扉を開けようとすると、その手の上から久米の手が重なり、開きかけていた扉がぱたん…としまった。


すぐ近く…本当にわずかな身動きで触れてしまうほどの至近距離に久米がいる。


いつの間にかあたしをすっぽり覆いかぶさることができるぐらいの身長になっていて、いつの間にかあたしの知らない“男”の低い声になっていた。


二年前の美術バカだと思っていても、何だか違う人を見ているようで


少しだけ違和感。


あたしは久米の手の中から自分の手を引き抜こうとしたけれど、それを久米がやんわりと引き止める。




「今度はさ……鬼頭さんが好きそうな話題、何か用意しておく」




久米はわずかに目を伏せ真面目な表情で俯いた。


何なの、何でこの場でそんな真剣なの。


「何それ。そんなに無理しなくていーよ。


だってあたしら形だけの関係じゃん?」


冗談めかして肩をすくめると、久米はさらに目を伏せ、視線をあたしから逸らす。


あたしは小さくため息を吐いて


「あたしの好きな話題?


科学、物理、数学、それからあゆ」


指を折って説明した。


久米がわずかに顔をあげる。


「あんたの好きな話題。美術、セサミ……ごめん、それぐらいしか分かんないや」


降参と言う感じで空いた方の手を挙げると


「セサミは別に好きじゃないよ」


久米はようやく無邪気に笑い、でもその笑顔をすぐに曇らせた。




「でも



美術はもっと好きじゃない」




何だか意味深な言葉に、何か聞きたかったけどやめた。


知ってどうすることもできないし。


きっと二年前の事件が絡んでると思ったから。


だったらなお更―――この事件が解決しないと話せない話題だ。


「そ。


じゃぁこれから知ってけばいいんじゃない?カップルらしくさ。


まずは好きな色からどお?あたしの好きな色は赤。


あんたが好きな色は蛍光緑ってとこ?」


またも冗談ぽく言うと久米はうっすら笑った。