梶田―――……
普段、僕を敵対視しているようだが、まさか助け舟を出してくれるとは…
いや、
きっと僕のためじゃない。
ここには居ないとは言え、雅のことを想ってのことだ―――
「うっそ…梶くんが怒ってる…」
女子たちが不安そうに声を低めて、慌てて口を噤む。
一方で、
「どうしちゃったんだよ、優輝~」とからかうように男子は笑ったが、それ以上は何も言わなかった。
梶田は良い意味でクラスのボスのような存在で、ワル目立ちする彼に立ち向かっていく者はいなかった。
クラスがまたも静寂に包まれる。
その、しんと鎮まり返った教室の中で、ことの発端となった発言をした久米は相変わらず余裕顔で頬杖をつき、梶田の方を見て笑顔だ。
一方の梶田は、まるで威嚇するように視線を険しくさせて久米を睨んでいる。
「…か、梶くん…」
楠がちょっと身を乗り出して梶田の肩に手を置いたが、それすらも気付いてないかのようにひたすらに―――
「久米、梶田。君たちも問題を解いて」
僕が二人の間に割って入るように移動すると、梶田はふいと視線を逸らして面倒そうに机を直し問題に向き直った。
一方の久米も、「すみませんでした」と小声で謝り、同じように問題を解いている。
楠も椅子を座り直してペンを握っていたが、僕は彼女の教科書の一部にトントンと指を鳴らした。
「楠、ここの公式間違ってるよ」
僕が指摘すると楠は目をあげて長い睫をまばたかせた。
「……え…?」小さく聞き返されて、僕は彼女に微笑みかけた。
僕が指差した、この問題は楠の学力レベルを考えたら易しいものだろう。もちろん公式に間違いなんてない。
“あとで準備室に来てくれないか?話したいことがある”
僕が楠だけに聞こえるよう、そっと問いかけると楠は息を呑んだようにはっと目を開いて、慌てて頷いた。
僕が立っている場所から、久米はこの様子が見えてないだろう。



