僕は慌てて振り返り、正しい数式の説明をしはじめたが、意識は久米の方へと向いていた。


何故―――…


僕が彼を追い込んだはずなのに、追い込まれているのは僕だ。


『俺を殺す?』


久米にそう問われているようで…でも実際に彼はそんな物騒なことを口にしていない。


でも『完全犯罪だ』と楽しそうに言い切った彼の言葉の裏に、





『気弱なあんたに、そんな大それたことできるわけない』






そう言われている気がした。





あの勝気とも言える余裕の状態は一体どこから出てくるのか。


実際久米は、僕の半分ぐらいしか生きてないって言うのに、僕よりも濃い人生を送っている気がする。そこから得た知識と度胸なのだろうか。


「問い5~8を解いて。あとで当てるから。ちゃんと解いてよ」


生徒に問題を解かせようとすると、


「え~、面倒~」とあちこちでブーイングが起きた。


「面倒なんて言うな。早く解いて。解けなかったらその分は宿題だからな」


と言うと、


「はぁ!」とまたもブーイング。


それでもブツブツ言いながら生徒たちは問題に取り掛かる。


梶田のような見るからにヤンチャそうな不良たちも、素直とは言いがたいがそれぞれ机に向かって頭を抱えていた。


彼らが僕の言うことを聞くのは、僕がそう言ったら必ずそうさせるからと知っているからだ。


これでも最初のうちは、やはり数学が苦手な生徒や授業がつまらない生徒は僕の意見を無視していたが、


僕が出題した問題を解くまで彼らにとことん向き合い、ある時は居残りをさせ、あるときは数学準備室に呼び出したり(連行していったり)して最後まで


向き合ったからだ。


特別に難題な問題を押し付けているわけではない。出題する問題もほんの数問程度だ。


もちろん中には真面目に問題を解いているが、分からない生徒もいる。


彼らには違った方法で数式を一から教えて、理解できるまで説明してきた。


最初は随分と鬱陶しがられたが、僕が思った以上に頑固であることを生徒たちも知ったのか、


最近では文句を垂れつつも諦めたみたいだ。



好き嫌いがあるだろうし、得意不得意だってあるだろう。


だけど少しでも僕の授業で話していることを理解して欲しくて、僕は教師になった当初からこのスタイルを貫いている。