久米は笑みを浮かべたままゆっくりと顔を遠ざけると、元座っていた椅子に腰掛けるわけではなくそのまま立ち上がった。


キーンコーン…


遠くで休み時間の終わりを告げる鐘が鳴っている。


それをぼんやりと頭の中で聞いて、僕は久米を見上げた。


久米は―――いつも、僕の一歩も二歩も先を歩いている。


最後の一手を差したと言うのに、逃げ道どころか、すぐに新しい手で攻めてくる。


「これ、俺はもう要らないんで。先生に差し上げます。


真愛に会ったんなら、俺と鬼頭さんの繋がりにも気付いたんでしょう?


まさか先生が真愛と接触するなんて思ってもいなかったんで、ちょっと驚きですよ。


俺の完全なる計算ミスだ」


久米はスケッチブックを僕につき返すように滑らせてくる。


「だけど、これで俺を追い詰めたと思わないでください?


言ったでしょう、カードを握っているのは俺だ」



久米が低く笑い、


僕に次の一手を考えさせる暇も与えず、彼は準備室を出ていってしまった。


後に残された僕は、ただぼんやりとスケッチブックを見下ろすことしか


できなかった。




最後のカード。



確かに、久米は何かを握っている。



彼しか知らない事実を―――



それを僕はまだ、掴めないでいる。




―――

――


運が良いのか悪いのか、次の授業は僕のクラスの数学の授業だった。


授業に5分ほど遅れて登場しても、騒がしい僕のクラスは誰も遅れてきた理由を問いただす者はいなかった。


出欠をとって、雅の席が空席であることに気付いた。


「鬼頭さんは体調が悪いって保健室いきました」


前の方に座った岩田が答えてくれる。


「具合悪い??」


そう言えば昨日から少しだけ顔色が悪かったような…


何となく梶田や楠の方に視線を向けると、二人ともそれぞれ俯いていた。


ヴーヴー…


ポケットの中でケータイが震えて、教卓の中でこっそりと確認すると送信元は楠で、


“雅、単なる生理痛みたいです”


となっていて、僕はその文面を見て誰にも分からないようにこっそりとため息を吐いた。


生理痛―――…か、女性も色々大変だな。




あとで保健室に様子を見に行こう。