「これ、冬夜兄ちゃんの部屋にあったものなんです。絵の具とかキャンバスとかは捨てちゃったけど、これだけはどうしても捨てられなかったみたいで。
…でも慌しく引っ越して、そのとき置き忘れていったみたい」
僕は真愛ちゃんの手からスケッチブックを受け取った。
「これだけは捨てられない、って言うからには大切なものだったんだな」
まこがスケッチブックの表紙をしげしげと眺めて、顎に手を置いた。
「しかしそんな大切なものを忘れていくとはな」
「冬夜兄ちゃん、頭良いのにどっか抜けてるとこあるんです。忘れ物が多いの」
真愛ちゃんがはにかみながら笑い、彼を懐かしんだ。これじゃどっちが兄でどっちが妹か分からないな。
「中を見てもいいのかな?」
一応断りを入れると、
「はい。その為に持ってきたから」と真愛ちゃんが頷いた。
表紙をめくると、最初のページは白紙のままだった。
次のページをめくって、僕は目を開いた。
すぐ隣でスケッチブックを覗き込んでいたまこも驚いたように息を呑む。
息を止めたまま僕は次々とページを捲っていった。
濃い目の鉛筆で描かれたスケッチは、どのページにもたった一人……
今より少しだけ幼いが、よく見知った少女の姿がたくさん描かれていた。
笑った顔。ぼんやりと遠くを眺めている姿。机に伏して居眠りしている姿。
イヤホンで音楽を聴きながら、窓の外を眺める少女。
黒一色だというのに、光と影のコントラストが絶妙で、細部に渡る表情までも緻密に描かれている。
「――――雅……」
スケッチブックに描かれた少女を眺めて、僕は固まったまま真愛ちゃんを見た。



