ベッドの足元に備え付けられていた本棚にも、美術書の類いはなかった。


久米をあまり知らない人間がここに入ったのなら、彼が美術を嗜むことなんて分からないだろう。


本棚には数冊の小説と―――心理学の本―――……?


僕はその一冊を手に取った。


そのときだった。


「あら、帰ってたの?」


叔母さんが声を上げて、入り口の方を振り返っている。


気付いたら中学生ぐらいの女の子が一人、制服姿でこの部屋を覗き込んできた。


肩までの髪はふわりと内巻きで、おっとりと優しそうな可憐な少女だ。


「…うん、たった今。この人たちは…?」


女の子が警戒するように目を上げる。


「冬夜の担任の先生たちよ」僕たちの方を目配せして、そして「あ、娘です」と慌てて少女を紹介した。


「こんにちは、はじめまして」


僕が笑顔で挨拶すると、少女は恥ずかしそうに俯いてさっと廊下の向こうに消えていった。


久米の従兄妹か―――…。なるほど、男女の差もあるし似ているという印象は持たなかったが、かなり可愛い子だ。


「すみません、人見知りなもので」


「いえ、お気遣いなく」


―――

結局、久米が何を考えているのか分からず、僕たちは安藤家を辞去することにした。


これ以上あれこれ聞くのは失礼だし、彼女たちにとって酷な気がした。


「これと言って収穫はなかったな。まぁあいつが過去に鬼頭をストーカーから守ったクラスメイトってことが分かっただけ良しとするかぁ」


安藤母娘が家に入るのを見届けてまこが口を開いた。


「……うん」


曖昧に頷いて家を見上げると、二階の窓―――確か久米の部屋……?に当たる窓からさっきの少女が顔を出していた。


僕たちを観察するような視線でしげしげと眺めていたが、顔をあげた僕と目が合うと慌てて顔を引っ込めた。


淡いブルーのカーテンが揺れて、それでもじっとそこを見つめていると、再び少女がおずおずと顔を出した。


彼女はカーテンの端をきゅっと握ると、決意したように僅かに口を動かせた。


声に出してないけれど、その口の動きは、


「そ・こ・で・ま・って・て」


と動いたように―――見えた。