「夫婦の離婚が決まり、冬夜は母親を選びました。最初は母子二人でアパートでも探す予定だったんでしょうが、母親が度重なる心労とショックでウツになってしまいまして。


私どもの家に来るよう、私が家族に相談したんです。


私の家族はすぐに了解しました。何と言っても冬夜もまた精神的なショックから立ち直れていなし、そんな親子を見捨てるわけにはいきません」


叔母さんが力強い口調で言って、当時のことを語ってくれた。


可愛い妹と甥っ子を気にするのは当たり前の感情だ。


「冬夜は優しい子なんです。自分が怪我したことでどんどん落ち込んでやつれていく母親を―――いつも支えるように頑張っていました。


絵が描けなくなった分、勉強も運動もがんばって、私たちの家族にも明るく振舞って」


健気な子でした―――



叔母さんはそう続けて、口を閉ざした。


おばあさんの方も痛々しいものでも見るように目を伏せている。


僕もまこもその様子を黙って見つめていた。


これ以上聞くのはこの人たちの傷をえぐることになる。


立ち入ったことを聞きたいのに、僕はそれができずに居る。


唇を噛んでぐっと膝の上で拳を握っていると、


「示談金を支払ったとおっしゃいましよね。病院がまるまる一軒建つような金額をぽんと払う人物ってどんな者なんでしょう」


まこがさっきの医者の口調で聞いた。


配慮を欠くストレート過ぎる物言いは事務的だった。僕は焦ったが、その口調は彼女たちを怒らせたわけではなく、逆に妙な同情心を現さない事務的な言葉が利いたのかもしれない。


「さぁ…私どもははっきり……何せ犯人は未成年でしたから」と叔母さんが頼りなげに口元に手をやった。


「何か地元の有名人だとか…権威者ってところかしら…」


おばあさんも考え込むように首を捻っている。


「…権威者?」僕が聞くと、


「ちらっと聞いた名前が変わった名前で……


う……?」


「う?」まこがじれったそうに聞いて、


「……さ…?だったかしら」とおばあさんが困ったように眉を寄せる。


「宇佐美?」まこが促すように聞いたけれど、二人は自信がなさそうに首を横に振った。



地元の権威者―――



“う”







「右門――――」








突如閃いて僕が目を開くと、



「そうそう!そんなような名前でした!」と叔母さんがほっとしたように手を打った。