「あたし、そろそろ行かなきゃ」
雅が腰を上げる。繋いでいた手が離れて、僕は名残惜しそうに彼女の手を握り返した。
「行くの?」
「行くよ。ばいばい水月」
僕の手から雅の手がすり抜けようとしている。
僕はその指を慌てて握り返した。
「“またね”だよ」
握った指先から一瞬だけ熱い何かが伝わってきた。
ほんの一瞬。
まるで燃えるような赤い色を帯びた血液が、彼女の体を瞬時に駆け巡り、僕の体をも焼き尽くすような熱さに思えた。
それは一体何の感情なのか。
でも振り返った彼女の白い顔は相変わらずの無表情だ。
氷のように冷え切っているように思えて、その温度差を意味するものが僕には分からなかった。
だけどそれはほんの一瞬で、
「またね、水月」
彼女が時折見せるぞっとするような艶やかな笑顔。
子供のようにあどけないものであり、同時に大人の女の色気を含んでいる。
その二面性を持つその妖しいまで美しい笑顔が
あの芳しいまでの“毒”の香りを纏い
僕から遠ざかる。
そのときに過ぎった。
彼女にあの香水をプレゼントしたときに見た―――
あの毒リンゴのような美しい赤が。
何故このタイミングで思い出す。
何故僕はあの赤が―――
“血”の色だと思ったのだろうか。



