「千尋の意味を知ってるか?」
「知ってるもなにも、谷や海が深いことを言うんでしょ?ってかハヤシ チヒロって何かゴロ悪くない?」
「うっせぇな。お前は一言余分なんだよ」
保健医が拗ねたように声を低めたけど、やっぱり考え直すようにわざとらしく咳ばらいをして、
「千の海原にも負けず、万の海を越える強い女であれ。
―――何かもかもを受け止めるあの深海の水底のように
深くて、美しく―――強い女に育ってくれ。
そう願いを託して。
お前みたいな女だ」
深海―――
いつか先生と一緒に見た……あれは水族館のジオラマだった。
(※EGOIST参照)
あのとき先生は無関心そうだったのに。
あたしは目をまばたいた。
先生の纏うEGOISTが、心地よく香ってくる。あたしの“毒”の部分を消そうと、ううん混ざり合おうとしてゆったりと漂ってきた。
「千尋にはもう一つ意味がある。母なる海は―――俺の大切な親友の名前―――
水を意味する。
その名前を持つ男のように優しくあれ」
先生―――……
「つまりは……あれだ!俺の好きなもんをぎゅっと凝縮しただな!!」
先生は照れ隠しのためか、慌てて言う。
「いい名前じゃん」
あたしが言うと、
保健医は恥ずかしそうに腕を組み、
「鬼頭。負けんなよ」
一言だけ、でもその言葉はしっかりとあたしの耳に響いた。