あたしは現実主義者だし、はっきり言って催眠術なんてもんを信じていない。
だけど久米のあの目を見ていると―――あの声を聞いていると―――
あたしの意思は自分自身でコントロールできないほど、勝手な行動を起こす。
「催眠術―――…?」
保健医が怪訝そうに言ってこちらを振り返ろうとしたけど、その動作を途中で止めた。
「そりゃ俺の専門外だな」
あっさりと言われて、それでもそう言われることを予想してたからそれほどがっかりはしない。
こいつもあたしと同じ、超が付くほど現実主義者だから。
「ありゃヒトの潜在意識に暗示を掛けさせるもんだ。内科や外科よりも精神科医の分野だぜ」
精神科―――……
久米の家は「小さいクリニック」を経営してるって言ってた。
それが何の科かは知らない。
もし久米の父親が精神科医なら、その人は催眠術を掛けられるかもしれない。
潜在意識に暗示―――
医療用語で“催眠術”とは言わないかもしれないけど、それに近いものを施すことは可能みたいだ。
もしかしたら久米自身も―――……
将来はその道に進むことを考えて、勉強してたかもしれないし。
あたしはそのことを心に留めておいて、もう一つ聞きたかったことを口にした。
「ねぇ、鏡に映った自分が自分の意思とは関係なく動き出したり、他人が自分に見える幻覚症状って、
医学的に説明できる?」
「他人が自分に見える?どんだけナルシストよ。それともお前とうとうクスリに手を出したか?」
保健医はまたもケっと吐き捨てて冗談っぽく笑う。
「煩い。とにかく答えて。あるのかないのかだけでもいい」
早口に言うと、保健医は
「う゛ーん、まぁこれかな?ってのは一つ思い当たるけど…」と自信がなさそうに首を捻った。
お互い後ろ向きだから相手がどんな動きをしているか分からないけど、でも地面に落ちた影がそういう動きをした。
「ま、考えられるのは
“カプグラ症候群”だな」



