まぁこいつに会いにきたわけだから、このまま隠れてるつもりもないけど。
それでもあたしは真正面から保健医に向き合えなかった。
カーテンの影に隠れるようにして身を潜めると、
「こっち見ないで。向こう向いたままでいて」
声を低めて保健医に告げた。保健医は一瞬いぶかしそうに「あ?」と聞いてきたけど、
それでもあたしの言う通りすぐに後ろを向いて、窓のサンにもたれ掛かる。
「何であたしがここに居るって分かったの?」
「そりゃあれだ。“毒”の香りがしたからだよ。タランチュラめ」
「煩い、利己主義野郎。ってかアロワナの次はタランチュラ?もっと可愛いもんに例えてよね」
「お前が可愛い?」ケっと保健医は吐き捨てて、それでも小さく吐息をついた。
今あたしたちは壁を隔てて、二人して背を向かい合わせて、ついでに言うと極力声を押し殺して話している。
傍から見たら異様とも呼べる光景だ。
まるでスパイが密通を交わしているみたいな、そんなやり取り。
それでもこんな変な状態を保健医はあれこれ聞いてこない。
水月が知ってるってことは、きっとこいつも知ってるんだよな。
あたしがストーカーされてるってことを。
でも、そのことには少しも触れてこなかった。
それが今のあたしには心地いい。
でも心地良さに浸ってる場合じゃない。
「聞きたいことがあるんだけど」
そう切り出すと、
「何?」とそっけなく返事がかえってきた。
「“催眠術”って誰にでも簡単にできるもんなの?」



