ほんの僅かに香ってくるシャンプーの香り。それは爽やかな柑橘系の香りで、水月の使っているシャンプーとは違った香りだった。


水月と違う体温。水月と違った感触。




淡い琥珀色をした水月と違う、久米の目―――


大きな黒い二つの瞳。僅かに目尻がつりあがっていて、くっきりとした二重のラインがきれいで。


「そうだ、大丈夫だよ」


久米がゆっくり言って、あたしの背中を優しく撫でる。


「大丈夫!?ショック受けた?」


“森本さん”が心配そうにあたしを覗き込んで、あたしは目をまばたいた。


森本さん―――……


“あれ”は『あたし』じゃなく、最初から『森本さん』だった―――…?


あたしはもう一度久米を見上げた。


久米の影に美術バカの顔を重ねようとすると、ズキリと頭に痛みが走った。


だめだ


今無理に思い出そうとすると、またあの幻覚を見ることになる。


「大丈夫、ちょっと動揺したみたい」


あたしは久米を押しのけて額を押さえた。


そう


動揺していたんだ。





あたしは心配する二人を尻目に、よろよろとよろけるように球技場を後にした。