咄嗟に体が動いた。
殆ど何も考えずに。
久米の手を―――
こんなところでダメにするわけにはいかない。
こいつが美術バカだと決まったわけじゃないけど。
こいつはあたしを脅して関係を迫ってきたサイテー野郎で、似非王子で、ムカつくヤツだけど。
でも
右手だけではなく左手も失ったら、
今度こそ、こいつはあたしの前にもう現れない。
真実を知らないまま―――永遠に、こいつがあたしの目の前から姿を消してしまう気がした。
まだ知りたいことがある。知らなきゃならないことがある。
こいつが美術バカだと言う確信はないけど、
「とーやに乱暴しないでください!!」
そう、
唯一分かっているのは、美術バカも久米も
“とうや”って名前なんだ。
久米が一瞬驚いたように身を硬くして、左手をゆっくりと引っ込める。
森本さんが息を呑んだ。
奇妙な沈黙が流れてきて、
「俺は何もしてないし、するつもりもなかった!」
体育教師が怒鳴り声を上げて、でもすぐに口元を醜く歪めた。
「言いがかりは寄せよ。お前らこそ、こんなことをしていいと思ってるのか。体育の成績は絶望的だな」
と、ちらりとあたしと森本さん二人を見て、にやりと笑う。



