以前額縁が飾られていた場所は空虚な絵画の跡だけが残っている。


そこに飾られていた絵は、雅の事故以来、危険だと言うことで、今は使われていない第二美術室に移動させられている。


久米が立って睨むように見つめている壁には、ぽっかりと灰色の跡が浮き出ているだけだった。


久米はその灰色の壁にそっと手を置き、額縁があったであろう輪郭をそっと指でなぞっている。


久米―――……何をしている……


僕が少し警戒したように目を細めて一歩前に踏み出ると、久米は僕の存在に気付いたのか、僕の方にゆっくりと顔を向けた。


「何をしているんだ?ここは移動教室とは関係ないはずだ」


僕は意を決して階段を上がると、久米のすぐ近くまで歩み寄った。


さっきのあの足元を這い登る恐怖は、微塵もなかった。


久米は僕の登場にさほど驚いた様子を見せずに、口元に淡い笑みを浮かべるとゆっくりと口を開いた。


「ここにさ……」


久米は以前額縁が掛かっていたであろう、淵をなぞりながら口元に薄い笑みを浮かべている。


普段教室で見る笑顔と何ら変わりのない笑顔な筈なのに―――その笑顔に薄ら寒いぞっとする何かを感じた。


「ここに以前、絵が飾られてましたよね?」


「……あ、ああ。何かのコンクールで大賞を取ったとか」


「“日本財団 高校生絵画コンクール2008”ですよ。俺も見たことあるけど、あの絵が大賞を取るような作品だったのかな。


よっぽど他の作品が駄作と思えるよ」


駄作……


そう皮肉る久米。彼の口からこんな冷たい口調を聞いたのははじめてだった。


だけど彼の言葉は単なる誹謗ではなかった。確かにあの絵はきれいに描かれていたとは思うけど、久米メンタルクリニックで飾られていた久米の絵の方が



もっときれいだった。




「俺だったら、もっと上手く描けたのになぁ」




まるで独り言のようにぽつりと漏らして、






「右手だったらね」





まるで楽しむかのように、久米は右手を掲げ、僕に笑いかけてきた。