あのときの言い知れない恐怖が足元から這い上がってきそうで、僕はそこから一歩も動けなかった。
―――これをトラウマと言うのだろうか。
雅は、その後順調に回復し、腕の良い外科医の施術のおかげか、傷跡はほとんど目立たないまで回復している。
今では痛みもないし、本人はそこに怪我したことすらすっかり忘れているようで、たまに気温の高い日など体温が上がると、傷口がほんの少し白く浮き出ることはあるが、
痛みもないし、服で隠れると言うことでそれほど気にしていない。
『水月があたしをお嫁さんにもらってくれるんでしょ?
責任とって結婚しろ』
そう冗談を飛ばしているほどだ。もちろん、『責任』以前に、僕は彼女と結婚したいわけだが。
『ゆずは第二夫人にしてもらおうね~水月やった♪ハーレムじゃん』
なんて言ってゆずを抱っこしたまま僕にもたれかかってくる彼女に、笑顔を返したのはほんの数週間前の出来事だった。
それが妙に懐かしい。
そんなことを考えてぼんやりと階段の上を見上げると、
踊り場の―――以前額縁がかかっていた場所に、
久米が突っ立っていた。



