「しっかしあいつが家出ねぇ。まぁ大人しいし自分からあんまり喋るタイプでもないけど、まさか家出してたとはねぇ」


とおじさんは気の毒そうにあたしを見て、


「すみません。兄を呼んできてくれませんか?一度会って話がしたいんです」


眉を寄せておじさんの手を握ると、おじさんはちょっと困ったように眉を寄せ、後ろを振り返った。


「しかしねぇ……あいつが会いたがるか…」


事情を聞いていた従業員たちもそれぞれ困惑の表情を浮かべていた。


「呼んできてあげましょうよ。きっとその子、アツシくん…お兄さんのことたくさん探したんじゃない?」


と、事務員の女の人が気の毒そうに眉をしかめ、椅子から腰を上げる。


話が早い。やっぱり感情が豊かな女の方がこうゆうときはいいみたい。


「まぁそうだなぁ。会うか会わないかは本人が決めることだし」


おじさんも頷いて、「今から呼んできてあげるよ」と事務所の奥に消えていった。


おじさんの登場を待つこと五分。


気の良さそうな従業員の人たちが、待っている間あったかいお茶を出してくれた。


そのお茶を飲みながら、あたしはぐるりと室内を見渡した。


工場とは別に、この事務所はプレハブみたいな簡単な建物だ。


その広いと言えない事務室に、所狭しとデスクや棚が並んでいる。


「お兄ちゃん、ここに勤めて長いんですか?」あたしは何気なさを装って、女の人に聞いてみた。


「いいえ。ここに来たのは半年ほど前かしらね」


「でもこの不況の中良く就職できましたよね。お兄ちゃんを雇ってくださってありがとうございます」


なんて思ってもないことを嘘を口にする。


「良く出来た妹だなぁ。ははっ、まぁうちも盛況とは言えないけど。


アツシは、昔から懇意にしてる御用聞きの仲介業者から紹介されたんだ。手先が器用だし、何より真面目なヤツでさ。


割りとみんなに好かれてるよ」


と、従業員のおじさんが愛想良く答えてくれる。



右門 篤史はどうやら、ここでうまく立ち回っているようだ。


それにしても藤岡ってどこから出てきた名前だろう。


単なる思い付きなのか…


でも仲介業者が居るってことは、身元が確かな人間に違いない。