根岸は慌てて数冊の本を拾い上げると、足早に去ろうとする。
だけどその後ろ姿を乃亜が引き止めた。席を立ち上がり床に取り残された一冊の本を手に取り、
「あ。ねぇ、落としたよ」
と根岸に近づいた。
「あ、ありがとう…ございます!」
根岸は色白の顔をこっちが驚くほど真っ赤にさせて、乃亜から慌てて本を受け取る。
………ん?
あたしはその様子を目を細めて眺めた。
乃亜は根岸の異常なまでの反応に全然気付いていないのか、
「ゲーテ?あたしもこの詩集好きだよ。前に借りたことあるけど、珍しいね、男の子なのに」
なんて言ってにこやかに返している。
「あ、はい!ぼ、僕も好きなんですっ。ぐ、偶然ですねっ」
根岸は一礼すると慌てて逃げるように去っていった。
「ふーん」
あたしは頬杖をついて、ちょっとにんまり笑った。
根岸は乃亜のことを?
ふーん♪
“偶然”なわけある?あれは本の裏表紙にくっついてる貸し出しカードに乃亜の名前を見て、借りてるに違いないね。
乃亜と喋るチャンスがあったら、さりげに話題を振れるように。
健気だね。でも乃亜にはこっわぁいお兄様と言う彼氏が居るんだよ?根岸、残念。
貸し出しカード……
………
あたしは席を立ち上がった。



