「菅家後集(かんけこうしゅう)の言葉で“ひとえに水月をもちてねむごろに空観する”
って言うのがあるんだ。菅家後集は藤原道真が作った漢詩集だけど、知ってる?」
と聞くと、森本はゆっくりとかぶりを振った。
「水に映った月を現して、転じて実体のない幻のことを詠ったものなんだよ」
この名前の由来を見抜いたって言うのかな……何も言わずとも気付いたのは、
雅だけだった。
僕は女みたいなこの名前が(ついでに言うと容姿も)大嫌いだったけれど、
雅が
「きれいな名前」
と心の奥底から褒めてくれて、この名前を与えてくれた母親にはじめて感謝した。
森本もきれいだと言ってくれたが、お世辞と受け取っておこう。
僕は曖昧に笑顔を浮かべて森本を見たが、森本は目を伏せたまま、またも淡い微笑を口元に浮かべた。
「転じて実体のない……先生にぴったりですね」
え―――……



